東京高等裁判所 昭和49年(行ケ)1号 判決
一 前掲請求の原因のうち、本願発明につき、出願から審決にいたるまでの特許庁における手続、発明の要旨及び審決の理由の要点に関する事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、右審決の取消事由の存否について判断する。
本願発明と引用例記載の発明との間に、ピツクアツプの針の形状が前者はほぼ円錐状であるのに対し、後者はほぼ円錐台状であり、また針の取付配置が前者はカンチレバーの録音盤面対向側であるのに対し、後者はカンチレバーを貫通しているという、審決認定の構成上の相違があること、本願発明が右構成によりピツクアツプの周波数特性及びクロストーク特性、特に高音域におけるこれらの特性を著しく向上させるという作用効果を奏することは当事者間に争いがない。
そして,本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証(本願特許公報)を総合すると、元来ピツクアツプは、録音盤音溝を追随する針の動きがそのままカンチレバーの振動となり、その振動がカンチレバーに係合した振動伝達子に伝達されることにより録音を再生するものであるが、従来のものにおいては、たとえば、引用例にみられるように、ほぼ円錐台状の針をカンチレバーの先端の針取付部に貫通させて固定する構造であつて、針の台状の部分を構成上必要とするため、その長さの質量が慣性モメントに加わり、これにより音溝部の振動に対しカンチレバーの振動が時間的に遅れ、これをモメントとして生じるカンチレバーのねじれが力学的振動を伴い、カンチレバーの正常な振動の方向及び大きさに影響して再生音が変形し分離の悪いものとなり、録音の忠実な再生が不可能であつたこと、そこで、そのような欠点をなくする解決策として、カンチレバーに曲線をもたせて振動伝達子の係合点と針先との距離を短くすることが試みられたが、カンチレバーの大きさ及び構造との関連から自づと限界があること、これに対し、本願発明においては、管状のカンチレバーの先端に加圧成形によつて平坦な針取付部を形成し、その録音盤面に対向する側に穴をあけ、これに角柱又は円筒の部分を除去した円錐状の針を嵌入して固定する構造、すなわち、引用例のものと相違する構成としてさきに確定したような構造とし、これにより、カンチレバーの先端(針取付部)及び針の質量を軽減してカンチレバー全体の慣性モーメントを減少し、針の振動に追従すべきカンチレバーの振動の時間的遅れ及びこれに起因するカンチレバーのよじれを防ぎ、そのよじれがカンチレバーの正常な振動に影響して再生音を変化させ分離を悪くすることをなくし、前示のようなピツクアツプの性能の向上という、従来技術にみられない特段の作用効果を奏するものであることを認めることができる。被告は本願発明の右作用効果を本願発明にのみ特有のものではないと主張するが右認定を覆して右主張を認むべき証拠はない。
ところで、審決は、ピツクアツプの針を円錐状とすることを周知技術に属すると認定し、これを理由に本願発明において針の形状が円錐状であることを引用例のものに比し単なる形状の変更にすぎないと評価し、また針をカンチレバーの録音盤面対向側に取付けることを慣用技術であると認定し、これを理由に本願発明において針がカンチレバーを貫通することなくその底面でカンチレバーに固定していることを引用例のものに比し単なる配置の変更にすぎないと評価する。しかしながら、乙第三号証の一ないし三の日刊工業新聞社発行「機械工学辞典」には、ダイヤモンドドレツサの形状が円錐状であることの記載があるだけで、ピツクアツプにおける針が通常円錐状であることを示唆する記載がないのみならず、その記述によれば、右辞典の取扱う技術は、高硬度の被加工物に加工を施すダイヤモンド工具に関するものであつて、本願発明のように録音盤面から微妙な機械的振動を拾う技術と全く分野を異にすることが認められ、また、乙第五号証の一ないし三の株式会社オーム社発行「アマチユア・オーデイオ・ハンドブツク」は、その記述によれば、ピツクアツプに関するものではあるが、サフアイア針の種類とカンチレバーの形状を示すだけで、その構用、作用効果について具体的説明がなく、図面も明確を欠き、結局、ピツクアツプの針が通常円錐状であることを示しているものと解することができないから、以上の乙号各証によつては、ピツクアツプにおいて針体を円錐状とすることが周知技術に属することを認め難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。次に、乙第一号証の一ないし四の篠原玄著「ダイヤモンド工具〔改訂版〕」、乙第二号証の「特許公報(ダイヤモンドツールの製造法)」には、ピツクアツプにおける針の取付け配置を示唆する記載がないのみならず、その記述によれば、右文献は、いずれも乙第三号証の一ないし三と同様、ダイヤモンド工具に関するものであつて、本願発明の技術と全く分野を異にすることが認められ、また、乙第五号証の一ないし三のハンドブツクは、さきに説示したと同様の理由により、針をカンチレバーの録音盤面対向側に取付ける構造を開示しているものと解することができないから、以上の右乙号各証によつてはピツクアツプにおいて針を録音盤面対向側に取り付けることが慣用技術であることを認め難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。したがつて、ピツクアツプの針を円錐状とすることを周知技術であるとし、またその針を録音盤面対向側に取付けることを慣用技術であるとした審決の認定はいずれも誤りというべきである。そして、本願発明が引用例と相違する右構成によつて前記のような特段の作用効果が生じるとすれば、本願発明の右構成を引用例のものに比し単なる形状もしくは配置の変更に止まるものということができないことは明白であり、これと相容れない判断のもとに本願発明をもつて引用例のものと同一発明であるとの理由で特許に値しないとした審決は違法というべきであつて、取消を免れない。
三 よつて、本件審決の違法を主張してその取消を求める原告の本訴請求を理由があるものとして認容することとする。